この際です。せっかくファンタジーを歴史の裏側から表に引っ張りだしたのですから、とことん情報を集めなければなりません。ひょんなところから新たな手掛りが見つからないとも限りませんしね。
『いったいファンタジーは何年から何年まで販売されていたのでしょうか?』
『ちょっと待ってね。昔のカタログを調べてみるから。じつはこのファイルの中身は私自身も今まで見たことがないんだよ。』
そして彼はどこか愛おしそうに1952年から始まるWulfinghoff社のカタログ取り出し、年を追って調べてくれました。
『なかなか出てこないね。・・・・・。あった、あった。1972年からカタログに載っている。・・・・・。ふ?ん、245ギルダーで売られていたのか。ずいぶん高い品種だったんだな。』
たぶん彼が働き始めた頃の価格帯と比較したのでしょう。懐かしそうに彼はこう呟きました。
『1994年のカタログには名前が無い。ということは、1993年までは確実に販売していたってことだよ。』
また1つの事実が明らかになりました。15年前までは世界中で売られていたのです。当時日本はガーデニングブーム真っ只中。もしその頃にダブル・ファンタジーの謎解きができていれば、きっと・・・。
すみません。歴史の検証に、『たら』『れば』は不要ですね。
『ところでファンタジーは品種登録されていたのでしょうか?』
品種登録の記録が残っていれば、ファンタジーの両親を特定することができます。この質問を忘れてはいけません。
『ちょっと待ってよ。・・・・・。あれっ、おかしいなぁ。・・・・・。どうもファンタジーは品種登録されていなかったみたいだ。どうしてだろう・・・。』
またしても重要情報を仕入れることができませんでした。でも、いったいなぜ栄養繁殖性の(クローンで増やす)植物なのに品種登録されなかったのでしょうか? 品種登録されていない品種は、誰もが勝手に好きなだけ増やして売ることができてしまうので、普通は品種登録するものなのです。
意図的にそうした? 何かの手違いでできなかった? それとも・・・?
育種家の心理として、売れる自信がある品種ならば、必ず品種登録して育成者権を確保するはずです。色々な人があちこちで勝手に球根を増やし始めたら商売になりませんしね。そうすると、ファンタジーのことをGoemans氏は当初それほどは売れないだろうと考えていたというような仮説も成立します。ファンタジーは、育種家の予想を超えて多くの人に愛されるようになった品種だったのかもしれません。
いずれにせよ、これはもうGoemans氏しか知りえないことでしょう。また、仮にファンタジーが品種登録されていたとしても、40年以上も前の古い品種です。もうとっくに品種権は失われていたわけですから、こんな権利関係を今さら気にしても仕方がありませんね。
今ファンタジーが現存していたら、「世界中の誰もが自由に増やし販売できる状態」、というのも現実です。
結局、ことごとく謎は謎のまま残ってしまいました。私が調べられたのはWulfinghoff社のことだけで、ファンタジーのことは調べられなかった気がします。
『いろいろと教えていただきありがとうございました。やはり、Fantasy is fantasy. なんですかね。』
私の問いかけに、彼は黙ってやさしく微笑み返してくれました。
『こっちからの方が駐車場に近いよ。』
そう言った彼についていくと、倉庫らしきところに出ました。正面にはハシゴがかけてあり、それにつられて上を見ると、黄色いフリージアに鼻を近づける女性の絵に目が留まりました。
そしてまた前を見ると、ドアに色々な球根植物の写真のポスターが。中央の文字を目で追うと、ONINGS。
オニングス? ・・・・・。
そうかっ、あのオーニンクか! 最初にファンタジーを発表したという。
オチがついたというか、振り出しに戻ったというか、不思議な感覚を覚えました。
Wulfinghoff社まで来てもファンタジーの行方は掴めぬじまいになってしまいましたが、私にとりましては何とも満ち足りた気分になれたひと時でした。これもファンタジーのお陰だと思います。
最後に一言。じつは今回1つだけご報告しなかったことがあります。帰り際に、私はWulfinghoff社長にちょっとしたお願いをしてきたのです。申し訳ありませんが、その内容は今は内緒にさせてください。「花が取り持つ縁」、「花が人と人とを結び付ける力」を試してみたいからです。もちろん、もし進展がありましたら、またこのような形でご報告させていただきます。
彼もファンタジスタに加わってくれることを期待して・・・。
<完>
キリンアグリバイオ? 竹下大学