P.S. 真吾さんから頼まれたBobさんへのお願いは今日の夕方にメールを出しますね。
これは今朝、竹下大学さんから届いた「ボブさんの返事」の記事の最後の部分。
そう!僕からもボブさんにあるお願いをしました!
そしてその返事がきた!
OKの返事が来た!!
あーっ、夢がかないましたよ、たった今!!!
ちょっとここのページに飛んで!
そして一番下を見て!!!!!
みんな、やったぜ!!!!!!!
やぎゅうしんご
P.S. 真吾さんから頼まれたBobさんへのお願いは今日の夕方にメールを出しますね。
これは今朝、竹下大学さんから届いた「ボブさんの返事」の記事の最後の部分。
そう!僕からもボブさんにあるお願いをしました!
そしてその返事がきた!
OKの返事が来た!!
あーっ、夢がかないましたよ、たった今!!!
ちょっとここのページに飛んで!
そして一番下を見て!!!!!
みんな、やったぜ!!!!!!!
やぎゅうしんご
真吾様、ハルキチ様
ボーブさんの?返事♪
返事?、返事?♪
ボープさんの?返事♪
嬉しいな♪
ダイアナ妃のブーケの白いフリージアがDianaかもしれないというハルキチさん情報について
Bobさんの返事が来ました。英語のままでご紹介します。今回は短いですし。
Hello Daigaku
Don't know if Princess Diana's Freesias were the double Freeisa 'Diana'. It is of course possible.
regards
Bob
ハルキチさん、期待させてしまってごめんなさい。
Bobさんにも分からないそうです。
でも、もちろん可能性ありだよねって書いてますから、引き続き捜索を続ける価値ありです。
真相が分からなかったのは残念でしたが、それよりも何よりも、
今回のメールは僕にとっては超うれしいことが書いてあったのです。
もう一度、ファンタジーの鑑定を引き受けてくれた時のメールと見比べてみてください。
どこか変わったと思いませんか?
そうなんです♪
Bobさんは今回初めてDaigakuってファーストネームで呼んでくれたんですよ。
それも Hello Daigakuって気安く。
その後の文章だって急にくだけちゃって。
それまではずっとDear Mr. Takeshitaで始まる他人行儀の文章でしたから。
アメリカ人と違って、イギリス人はなかなかファーストネームで呼んでくれないんですよね。
それを今回のハルキチさん情報でやっと乗り越えられたんです。
やったぁ?♪
Bobさんは、きっとFantasyだけに興味が集まるのがどこかで嫌だったんでしょう。
私もFantasy以外のことを訊いたことがありませんでしたしね。
だから、みんなでDianaもCoronaもRomanyもFantasyと一緒に咲かせてみることに決めた
ってことをBobにお伝えしたんです。そしてもちろんFantasy以外の3品種の鑑定もお願いしました。
それに加えてハルキチさんのDiana情報ですよ!
これが絶妙のアシストになりました!
Fantasy以外のDianaについてもファンタジスタみんなが強い関心を持っているってことを示せたんですから。
今日はハルキチさんと乾杯したい気分です。
You say Daigaku♪
I say Bob♪ って歌いながら。
竹下大学
P.S. 真吾さんから頼まれたBobさんへのお願いは今日の夕方にメールを出しますね。
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へーっ!
結婚式でのダイアナ妃のブーケに白いフリージアが使われていた。
ひょっとしたらファンタジーの兄弟のダイアナかもしれない・・・。
そんな話があったのですね。
これは何が何でも真相を知りたいところです。
だったらイギリスに住んでいらっしゃる方に聞いてみるしかないでしょう。
そしてイギリスにいるファンタジスタと言えば、Bob Goemansさん。
ずうずうしく私からまたお願いしてみますね。
きっと喜んで調べてくれますよ。
だってBobさんは子供の頃、探偵だったんですから。
ぼっ、ぼっ、Bobさんは、
少年探偵団っ♪
真吾様
やはり内緒にしておくのはマズイですよね。
ファンタジーを肴にまたまた語り明かしてしまった昨日の晩のことを。
Bobさんからの嬉しいメールのことを電話で喜び合ったのが一昨日金曜日のこと。
純粋にBobさんが協力してくれることになったことで乾杯したかった。
でも、物理的な距離は如何ともしがたい。
と思っていたら、
『俺、明日また東京でさ。』 と真吾さん。
『えっ、僕も仕事で東京です。』
『! じゃあ、会って乾杯しよっか?』
『いいですね?♪』
で、またしても一夜を共にしてしまいました。
場所は新丸ビル。
『やったぜ! カンパ?イ♪』
きっと真吾さんが嬉しかったのは、すずめファンタジーとハルキチファンタジーが本
物であるかどうかを最も相応しい人に鑑定していただけるようになったということよ
りも、Bobさんが僕らの活動を楽しみにしてくれるようになったってことの方だった
んでしょ。
『みんなが思い思いに気軽に楽しんでいるこのダブルファンタジーの物語。最初から
のファンタジスタも、最近ファンタジスタになった人も、これからファンタジスタに
加わる人も、みんなが同じ気持ちで楽しめる。これだけでも相当凄いのに、もう、今
の世の中にこんな話が残ってたんだっていうぐらいの物語になっちゃった。だからこ
の先のことは分からないけど、長く続けたいんだよね?。それに早くファンタジスタ
達が一緒に何かをしているって感じられるようにしたいんだ。』
話題に上がったいくつかの真吾プラン。
ひとつずつみんなで実現させていきましょう。
僕達ファンタジスタにとって今、もっとも喜ばしいこと・・・。
それはボブ・ゴーマンさんにこの物語を理解していただくこと。
それが・・・。
うぅ・・・。
やりました・・・。
うれしい!
ゴーマンさん。そしてオノ・ヨーコさん。ショーン・レノンさん。
3人の応援なくして、Love & Peaseの花は咲かないと思っています。
3人とダブルファンタジーがそろってこその僕達ファンタジスタ!
実はボブさんのメール。
竹下さんがボブさんにお願いのメールを送って「3時間後」にはもう返信が来たのだそうです!
たった3時間!
文面からも、その時間からもボブさんのノリノリぶりが伝わってくるのですよ。
うぅ・・・。
嬉しいなぁ・・・。
なんか言葉が悪いですが、これでファンタジーの活動が「ただの”夢あふれる冗談”じゃなくなったなぁ」という今の僕の感想です。
日本で僕らが小さく探し初めた幻の花。
いつ幻の活動になってもおかしくないほどの小さな小さな僕達のプロジェクト。
1年と4ヶ月を経てついにファンタジーそのものを作り上げた育種家までをも、仲間として迎えることが出来たのです!
これを祝わずして何を祝いますか!?
さぁ今晩!
いや今晩は土曜日だしみんな忙しそうだ。
一人でも多い方がいいな。
明日の晩、皆でカンパイしましょ!
顔も見たことのない僕達ファンタジスタ。
出会ったこともないけど、一つの夢をみんなで見つめている。
そんな僕ら同時に喜びを共有するには「乾杯」が一番!
明日、日曜日。
夜9時に乾杯!
ボブ・ゴーマンさんに乾杯!
イギリスを向いてカンパイ!!
やっぱりカンパイは「キリン」ですよね、竹下さん!
八ヶ岳倶楽部のファンタジスタ神山祐子と。
Dear Mr. Takeshita
Thank you for your e-mail.
I have looked at the two websites and will be interested to see what they supply. I note that they also offer the other original doubles, Corona, Diana and Romany. However it seems unlikely to me that they would have original stocks of these varieties. We shall see.
What I can tell you is that the photograph that CV Roger use for Fantasy is certainly not Fantasy! I do not know whether the other company has a photograph.
I will be very happy to grow on some corms and let you know what I think.
Regards
Bob Goemans
さぁ、大変なことになってきたぞ!!!
やぎゅうしんご
真吾様
さあ、いよいよ正念場ですよ。
先ほどBobさんに、あのお願い事のメールを出してしまいました。
依頼したのは、
☆スズメファンタジーとハルキチファンタジーをBobさんの庭で育てていただけないか。
☆そして本物かどうかの鑑定をしていただけないか。
の2点です。
今回のお願い事が、今後の私達の活動に大きな影響を及ぼすことは私も十分に自覚しています。だからいつも以上に心を込めて熱い手紙をしたためました。もちろん真吾さんの思いも、ファンタジスタみんなの思いも一緒に込めましたよ。ここまで来たのですから、あとは前進あるのみ。いざ勝負です!
たぶんBobさんに私たちの思いは伝わっているはず・・・。
ただ客観的にみれば、あまりにもずうずうしいお願い事かもしれません。Bobさんには既に十分に協力していただいていますしね。
いや?、これまでで一番ドキドキしています。
もしもNo.の返事が来てしまったら、ごめんなさい。今回は先に謝っておきます。
でも、もしOKだったら、Bobさんがファンタジスタに加わってくれたってことになりますよね!
気持ちが通じることを信じて待ちましょう!
じつはBobさんはいつもすぐには返事をくれないんですよ。
毎回何だか値踏みされているみたいで緊張します。
それは分かっていますが、今回ばかりはとても冷静ではいられません。
早く結果を知りたい!
ただ待つしかないなんて。
周りからよく、毛が生えてるって言われる私の心臓でも爆発寸前です!
まだまだ毛が足りません。
もっと毛を!
・・・・・。
真吾さん、早く突っ込んでくださいな。
『ほっとけ!』 って・・・。
ほっとかれると、つらいです・・・。(笑)
ファンタジスタにはちょっと明るく楽しい話題で気分転換してもらったところで、
再び格調高く(?)ゴーマンさんネタに戻ります。
真吾さんとせいこうさんのリアクションの差が面白かったです。
John Gormans流ファンタジーの飾り方
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ご報告が遅れてしまい申し訳ありません。ちょっと前の話です。
Bobさんから頂いたお父様の葬儀でのスピーチ原稿に対する感謝と感想は、私が代表してきちんとお伝えさせていただきました。そしてずうずうしくも、他の資料があったらまた送っていただきたいとお願いもさせていただきました。
そうしたら来ましたよ。生原稿のコピーや雑誌のコピーがまたまたファックスで。古い資料は文字が潰れて読めなかったりしていましたが、いくつか新情報が得られました。
今日は私が一番注目したのは内容についてご報告します。以下の一節なのですが、これは貴重な情報だと思いますよ。なんと言っても、ファンタジーが世に出る直前に書かれた原稿なのですから。
先日、真吾さんといとうせいこうさんと初めてお目にかかった際に、私からのお土産話として披露させていただいた内容と同じです。手ぶらでお2人にお会いするのも気が引けましたからね。
で、これを聞いたお2人の第一声は・・・。
真吾さん: 『えーっ! そうなんだぁ。 すごいっ!』
せいこうさん: 『うん。いいんじゃない♪』
ファンタジスタの皆さんには想像を膨らましていただくために、今回は英文のままご紹介させていただきます。
Mr. Goemans has plenty of plans for the future. One is to produce a good double freesia.
"Doubles won't replace singles." he told me, "but they are very useful as they have more substance and lasting qualities and are excellent for buttonholes." So far he has raised some very useful double white freesias which are very freeflowering, and other colours are in the making.
Another aim is to produce a really good red freesia, and judging from what was seen at the nursery Mr. Goemans is well on his way to achieving his ambition.
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さあ、どうでしょう?
今は亡きJohn Goemansさんから私達への、50年もの時を越えたメッセージ。
もし私達が本物のファンタジーの花を手にした時にどのように飾れば良いかを、育成者自らがこのような形で教えてくれるなんて。
補足しますと、文中のdouble white freesiasは、ファンタジーとダイアナのことだと思われます。そしてother coloursは、当然ロマニーとコロナのことでしょう。実際に世の中に販売されたのは、ファンタジーの方がダイアナより早かった訳ですが、それはファンタジーの方が先に得られたためで、球根生産もその分早かったからだと想像されます。
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予告どおり、今日は大手町にある地下2階の農場!?
PASONA O2でイベントをしていました。
いとうせいこうさんと「ダブル・ファンタジー」を語ってきた。
激しく。
楽しく。
夢中で語ってきた。
なんだかみんなと「ファンタジー」を共有できた気がする。
達成感があります。
すごく今、気持ちがいい。
さっき八ヶ岳に帰ってきて、今は夜中の2時・・・。
まぶたが重い・・・。
横になりたい・・・。
見に来てくれたみなさん、幸せな一日をありがとう。
まずは報告まで・・・。
おやすみ。
**********************************
どうしようかなぁ・・・。
何を書こうかなぁ・・・。
真吾さんたら、6時間半も飲み明かした後で、「今日のことはブログに載せるから、
大学さんも何か記事を書いてね。」、だもんなぁ・・・。今までファンタジー関連の
報告はさせてもらってきたけど、僕個人の感想みたいなことは書いたことなかった
し。何でもいいからって言われてもな・・・。かといって、ファンタジーの話から外
れちゃうのも良くないし・・・。
いったい真吾さんは僕に何を期待してるんだろう・・・。
勝手な解釈だけど、たぶん真吾さんが期待してることは、次の3つじゃないかなって
思った。
?ダブルファンタジーについての僕からの報告事項
?初対面での柳生真吾の印象
?もっと僕の地を出すこと
まずは最初のダブルファンタジーに関する報告から。
真吾さん、いとうせいこうさん、増子さんの4人で語り合った内容のうち、僕から報
告しても構わないと思うことをひとつだけ。
ジャーン♪
Bobさんに、僕からすずめファンタジーとハルキチファンタジーの真贋鑑定をお願い
してみることに決まりました! 具体的には、ファンタジスタが手に入れた球根の一
部を、Bobさんのご自宅で育ててみていただけないかというお願いをしてみます!
続いて2番目。真吾さんの印象
でもこれって、僕が柳生真吾を斬るってことでしょ。柳生一族の血をひく人に、「い
いから斬ってみろ」って言われてもねぇ・・・。普通びびって動けなくなっちゃうよ
ね。まあせっかくの機会だし、稽古つけてもらうつもりで斬りかかってみようか。
まず、懐に入り込むのがもの凄く上手。聞き上手で話上手。初対面の僕でも、あっと
いう間に真吾ファンになっちゃったから。
それから立ち位置が良い。物事や人に対する距離感が抜群。上手に多くの人を巻き込
むことで、大きな仕事を成し遂げていくタイプの人だと思った。
そして気持ちのブレが全くない。みんなの柳生真吾として、いつもみんなをドキドキ
ワクワクさせたいと考えている。これが基本姿勢。自分のことより、まずはみんなを
楽しませることを考える人。特に、「園芸にはまだまだ伝え切れていない面白いこと
がたくさんある。それを伝えたいだけ。」って部分なんかは、本当に共感できる。剣
の奥義は、形を変えても引き継がれているんだなって思った。
3番目については、なかなか難しい。僕だって変に誤解されるは怖いし、逆に地を出
し過ぎて柳生真吾ファンがたじたじになっちゃうのもマズイだろうし・・・。
柳生真吾ファンがたじたじに・・・。
柳生真吾ファン、たじたじ。
柳生真吾ファン、たじーたじ。
柳生真吾ファンタジー!
**********************************
竹下大学
忙しすぎる竹下大学さんとは実はまだお会いしたことがなかった・・・。
忙しすぎるいとうせいこうさんと。
忙しすぎる増子さんはこのためだけに岐阜から出てきてくれた。
夜中までファンタジーの話で飲む。
最高に旨い酒がのめる話であった。
が、旨すぎてちょっと飲みすぎた・・・。
最高にいい話の記憶に、少し霧がかかっているのがちょっと残念な今日。
いよいよ明日はせいこうさんと「ダブル・ファンタジーのトークショー」
********************************
1964年に父は再婚しました。そして南部海岸沿いのBognor Regis(西サセックス州)に引っ越すことを決断したのです。結局、これが父の実り多き時期の終わりを意味することとなったのです。父はこれ以降、2度と育種でこれまでのような大きな成功を収めることはありませんでした。
父は自分で育種したアルストロメリアを生産するための特別な温室を建設中だったLagnessの土地を購入しました。父はフリージアとアルストロメリアの育種を別の人に託し、自分ではこれまでとは違うタイプのグラジオラスの育種に挑戦する準備を整えていました。父が何年もの間辛抱強く仕事を続ける中で、私は父が細心の注意と几帳面さで、選抜と交配をこなすのを目の当たりにしました。しかし不運にも、父が面白そうな品種を生産するまでに至った時に、世の中はそれを受け入れなかったのです。父はとてもがっかりしていました。
父の2番目の妻は1985年に亡くなりました。それから去年までの16年間、父は1人暮らしだったのです。父は仕事ができる時間がある限り働き続けました。なぜならそれが一番の楽しみだったからです。父は1人きりの生活は好きではありませんでした。それでも父は、目が悪くなり車を運転して遠くに出かけられなくなるまでは、1人でもうまくやっていました。その頃既に父は92歳になっていたのです。いくつになっても父は誰の助けも必要としませんでしたし、他人に頼るのも好きではありませんでした。
2000年の12月に、父はAvonmoreケアセンターに入居しました。その頃にはもう1人暮らしを続けるのが危険な状態になっていたからです。入居当初、父は人の世話になることを感謝していませんでしたが、次第に周囲の暖かい手助けのありがたさに気づき、ホームの仲間内での評判も良くなりました。
父は死ぬまでずっと育種家であり続けました。先週私が彼の部屋の食器棚を片付けている時、私は小さな箱に入った種子とその莢を見つけたのです。そういえば夏に、父にピンセットが欲しいと頼まれたのです。きっと父は、誰かからお見舞いのお花を頂く度に部屋でこっそり交配していたのでしょう。
今、父は2人の妻、6人の姉妹、7人の兄弟が待つ場所に旅立ちました。私達は天国がどんなところであるか想像をめぐらすことしかできません。でもひとつだけ私が自信を持って言える事があります。それはもし天国に花があったら、既にもう父はその改良を始めているに違いないということです!
Bob Goemans
********************************
なんだか目頭が熱くなってきました。
竹下さん、ありがとうございます。
そしてボブさんに手紙を書いてみたくなりました。(書けるのかなぁ)
時間がかかるかもしれないけれど、ファンタジスタを代表して想いをつづってみようと思います。
やぎゅうしんご。
6月24日、みんなで一緒に見たバミューダの青い空、そして28年前の同じ日にジョンがたどったであろう散歩道…。あの素晴らしさを、皆さん覚えていますか? その感動さめやらぬ翌25日、私の元にハルキチさんから1通のメールが届いていたのです。
「来ましたよ イタリア。」
そう、「ハルキチファンタジー」です。問い合わをしてもなしのつぶてだった業者から、とうとう返事が来たのです。
こんな頃合で返事が来るなんて、6月中の彼らはほんとうにサッカー欧州選手権のことしか頭になかったのかもしれません。そしてイタリア代表チームの敗退を受けて、やっと仕事に復帰したのかもしれません。しかし、ファンタジスタたちにとってその日はダブル・ファンタジー記念日の翌日。運命的なものを感じたくなるタイミングでした。
待望の返事をもらった私たちは、まずは注文確定メール、続いては送金手続と、電光石火(?!)のようにリアクションを起こし、「あとは受注確認をもらえばよし!」と意気揚々と待っておりました。しかし、待てど暮らせど連絡が来ない…。注文はちゃんと処理されているのだろうか…。不安にもなり、受注確認要請のメールを出してみました。するとついに連絡が!
「注文は受け付けています。支払いも受け取りました。荷物は9月にロンドンに送ります」
やったー! これで確実になりました。ファンタジー第2弾ゲットです! 皆さん、お待たせしました! 19日のトークショーに間に合ってよかった!
というわけで、秋には2つのルートからファンタジーの球根が送られてくることになりました。来年春に向けて、楽しみがふくらみます。
やった!
Lin Dio
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父のもう1つの偉大な成功はアルストロメリアにおいてでした。父は世界大戦が終わってからすぐにこの植物の栽培と育種に取り掛かりました。そして温室でのアルストロメリアの商業生産に世界で初めて成功したのです。1959年になって、父は世界初の商業生産向けの品種を発表しました。それは特に温室で栽培した時にとても早く花が咲くように改良されたものでした。1960年代の中ごろまでに、父はほとんどすべてのタイプを揃えてしまっていました。それはオランダの他の育種家たちには及びもつかないレベルだったのです。そしてそれを見た彼らは大いに刺激を受け、父の成功をお手本にしようと頑張りました。たぶん父の育種成果無しには、我々が良く知っているアルストロメリアはまだ存在し得なかったでしょう。そして今やアルストロメリアは、世界のメジャー切り花品目の仲間入りを果たすまでになったのです。
父はパイオニアでしたし、父の業績のお陰で利益を得た人は大勢おりました。1987年に父は、非凡な業績が認められてオランダ王室球根協会からDixメダルを授与されました。このメダルは、植物の育種における抜きん出た功績に対してのみ特別に贈られる賞であり、父は特にこの賞を授かったことを誇りにしておりました。
1961年に父の人生は、良き伴侶の死という大きな変化に耐えなければならなくなりました。母はわずか54歳でした。早過ぎる母の死は、父のその後の人生のどこかに何か大きな影響を与えました。
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**********************************
この時から父の人生の第2期が始まりました。間違いなく最も実り多かった時期だと言えます。この期間は、1960年代中ごろにリンカンシャー州を離れて南部海岸に引っ越すまで続きました。そして、父こそ育種家であったということを、私がひと時たりとも忘れられないだけの記憶を残してくれた時期でもあるのです。今日、この教会のここにある花たちにちょっと目をやってみましょう。フリージアとアルストロメリアがあります。ひょっとしたら今、みなさんが見ている花は、もしかしたら父の業績無しにはここに存在しえなかったかもしれません。
1938年に、父は温室を買いました。これは、父が自分の作物を一年中栽培できるようになったことを意味しましたし、それと同時に彼の色々なアイディアを実現できる機会が増えたことにもなったのです。しかしその後の世界大戦で中断されたりして、育種は遅遅として進みませんでした。温室は大部分がトマトの生産に充てられてしまい、花の育種材料はほんの片隅でかろうじて保存される程度になってしまっていたのです。
世界大戦が終わってからすぐに父は育種を再開し、それに全力で取り組みました。先ほどご紹介したフリージアとアルストロメリアは、父が育種していた多くの植物のうちのわずか2つに過ぎませんが、父はフリージアで最初の成功を収めたのです。それには3つの大きな功績がありました。まず第1の功績です。1950年代、当時はオランダがフリージア生産の大部分を占めていたのですが、なんと生産者が採用した新品種のすべてが父の品種という状況にまでなったのです。そして1970年代のピーク時には、世界のフリージア生産面積の75%が父John Goemansによって育種された品種で占められるまでになりました。
第2の業績は、1960年に発表した世界初の八重咲きフリージアです。これこそ正真正銘、画期的な品種で、何年もの長い生みの苦しみを経てようやく形になったものでした。この功績は英国王立園芸協会(RHS)に認められ、メダルを授与されました。
第3の業績は、彼が1960年代前半に発表した全く新しい巨大輪咲きの種子系フリージア各色でした。当時イギリス本土向けのフリージア生産の大部分はGuernsy島で行われていましたが、その生産体系を飛躍的に向上させたのです。そしてフリージア育種での父の功績を称えるために、毎年オランダで、その年発表された新品種の中で最も優れたものに、John Goemansトロフィーが授与されるようになりました。
(2008年の受賞記事はこちら。)
http://www.bloomitsinthecan.com/index.aspx?FilterId=974&ChapterId=7881&ContentId=30139
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Bobさんからファックスで父ゴーマン氏の追想記を送っていただけました。
どうもゴーマンさんのお葬式の際のスピーチ原稿のようです。
原文は先ほど柳生さんにもファックスさせていただきましたが、ファンタジスタ向けには私が訳したもの何回かに分けてを発信しようと思います。
それから今日の今日まで意識していなかったのですが、
ファンタジーの生みの親であるゴーマンさん(J.A.M.Goemans)のファーストネームは
ジョンだったんですね!!!
オランダ生まれの父GoemansさんのファーストネームはJohannes、
オランダでの愛称はJan、イギリスではJohnということだったようなのです。
因縁というか、何というか。
またまた運命的なものを感じて、ちょっとゾクッとしました。
柳生さんは気づいていらっしゃいましたか?
きっとまだ気がついていないファンタジスタが大勢いるのでは?
それでは始めます。(写真は私がネットで見つけたものです。)
********************************
父John Goemans(1907.9.2‐2002.2.5.) Bob Goemans
94年にもおよぶ長い父の人生は、3つの時期にはっきりと分けることができます。第1期は、オランダの球根生産者一家の2番目の子供として1907年9月に誕生してからの人格形成期です。父はオランダのHillegomという町で育ちました。そこは球根が王様のような土地柄で、大家族が当たり前という町でした。そして父の母親は、なんと14人もの子供を次から次へと生み育てたのです。このような環境での生活が、いったいどんなものであったかを想像してみていただけませんでしょうか。当時は娯楽などというものは一切無く、人々は楽しみ事になる何かを自分で見つけなければなりませんでした。しかし私は、父一家には退屈な時間などは一瞬たりともなかっただろうと思います。
Hillegom 1900-1910?
Hillegom 2006
画像はGNU Free Documentation licenseから引用
父は若い頃、全寮制の学校に入れられた後に、最新の栽培技術を学ぶために園芸高校に通わされました。彼の父にあたる私の祖父は、さらに英語の勉強もさせるために父をイギリスに送りました。そしてその後父は、祖父の会社のセールスマンとしてイギリス中に球根を売り歩くため、旅から旅の毎日を始めることになったのです。
父は大家族を養うためにこのような生活を何年か続けましたが、ある日、これまでの家族経営の事業を続けていたら自分の将来はないということに気がついたのです。なぜならオランダは深刻な農地不足でしたから。その一方でイギリスにはいくらでも農地が余っていたのです。そこで父はイギリスに移住する決心をし、1937年に実行に移しました。その年の4月1日、父はずっと付き合っていた恋人(私の母)と結婚し、2人で東部のリンカンシャー州Spaldingに引っ越しました。その地で父はいくらかの土地を借り、生産者としてのキャリアをスタートさせたのです。
Spalding 2008
画像はGNU Free Documentation licenseから引用
***********************************
ありそうでなかった、いとうせいこうさんと柳生真吾の「ファンタジー・トークショー」のお知らせ!
無料だけど予約制なので(限定150名)ファンタジスタのみなさん、お早めに。
ここPASONA O2は以前僕の八ヶ岳だよりで紹介しました。
この奇跡の地下農場より、題して「地下からあふれる植物パワーを感じよう!!」
をお伝えします。
第1部はファンタジスタでもある大野耕生くんと、もう一人のバラ界のスター・有島薫さんがバラについて熱く語る。
そして第2部!
14時半から!
もっと熱く語るゾ!
2時間も語るゾ!
ファンタジーを語るゾ!
僕らのトークはいつも打ち合わせ無し。
いったいどんな話になるのやら・・・。
ファンタジスタ集まれ!
やぎゅうしんご
申し込みはパンフレットにものっていますが一応・・・。
2008年7月19日
第1部 13時から14時
第2部 14時30分から16時30分
場所・東京都千代田区大手町2?1?1大手町野村ビル地下2階「PASONA O2」
参加費・無料
人数・各回共に150名(要予約)
予約受付 03?6734?1086(平日11時から18時まで)
5日ぶりの更新です。
じらしたつもりはないですが、ちょっと大ネタです!
以下、竹下大学さんからのレポート。
*******************************
せっかくBob Goemansさんから頂いたメールです。すぐに返事を出さなければなりません。それに私達が知りたい内容に全く触れられていなかったわけですしね。
私は興奮を抑えつつも、予想外の内容であったことに戸惑いながら、早速返事を差し上げました。
(この時点ではまだ柳生さんにご連絡を差し上げられませんでしたし、当然のことながらファンタジスタの皆さんから頂いたコメントも盛り込んではおりません。)
要点は以下3点でした。
?私達がファンタジーを探していること。そしてファンタジーを世界平和の象徴として使いたいと考えていること。
?もちろんファンタジーの育成経過については事細かに。
育種家として一番興味がある部分ですし、私は初めからあるひとつの仮説を立てておりましたから、その裏づけも欲しかったのです。
?さらにこの活動を、日本にイギリスのような園芸文化を定着させるきっかけにもしたいと考えているので、ご協力をお願いしたいとも。
この他、6月13日に全国ネットのTV番組でファンタジーを探していることが大きく取り上げられたばかりだともお伝えしました。
果たして、Bob Goemansさんからの返信には以下のような内容が書かれていました。
Fantasyは市場流通した最初の八重咲きのフリージアでした。ファンタジーに続いてすぐに、CoronaとDianaとRomanyとが生まれました。これら3品種もすべて父の手によるものです。Fantasyもこれらも自然突然変異で得られた八重ではなく、花弁の枚数が多い実生を何年も特別に交配することによって育成されました。完全八重咲きであるFantasyは非常に稔性が低かったために、その後代を採ることがほとんどできませんでした。果たしてその後代が存在したかどうかは私の記録を遡らなければなりませんが、私の記憶では八重から採った種子が八重になり易いというわけでもなかったのです。しかし、現代の八重品種のうちのいくつかがFantasyの血を引いていると言うことは、不可能ではありません。ただ実際には、父はもうこれ以降は1品種たりとも八重の品種は育成しなかったのです。そしてオランダで育成された八重品種が市場に出回るまでには、その後10年を要したのも事実なのです。もちろんオランダの育種家達は、Parigo社育成の品種を自分達の育種に使ったのでしょう。
それからFantasyを商品化した時には、不運にも品種登録できなかったことも事実です。
この他に情報や面白い記録文書が残っていないか、私が探してあげましょう。
Bob Goemans
いかがでしたしょうか?
育種経験豊富な私にとりましても、非常に興味深い内容でした。
簡単にまとめてしまいますが、
?ファンタジーの親は特定できない。
?ファンタジーには、兄弟あるいは従兄弟と言える品種が3品種存在した。
?ファンタジーを初めとするJohn Goemans氏が育成した4品種が、現代の多くの八重咲き品種にとってアダムとイブのような存在である。
ということが判明したわけです。
ちなみにフリージアは、品種候補を1個体選抜してから、それが市場に大量に流通するまでには8年もの年月が必要だということを補足させていただきます。
ファンタジー以外の3品種も揃ってまだカタログに残っていることが確認されているわけですから、4品種とも本物であるような気がします。ただファンタジーがウイルスにとても弱かったという部分が依然として気がかりですが・・・。
あまり考えたくはありませんが、いつの間にか中身が入れ替わっている可能性についてです。それを調べるには、ファンタジーに似た品種を横に並べて比較する必要がありますね。
また、せっかくBob Goemansさんからこのような情報をいただけたのですから、コロナ、ダイアナ、ロマニーについても、すずめファンタジーやハルキチファンタジーと一緒に花を咲かせてみるというのはいかがでしょうか?
*******************************
竹下さんの最後の提案。
僕は大賛成!
あー、ボブさんと会ってみたくなってきた・・・。
やぎゅうしんご